
対話について研究をしていますので、「ビジネスパーソンになぜ対話力が必要か?」というご質問を受けることがしばしばあります。
私は「ビジネスでは様々な難題が発生します。難題解決の唯一と言ってもよい方法が対話をすることです。それ以外に有効な方法がない。だからビジネスパーソンには対話力が必要です」と答えます。
すると、「それはおかしい。世の中にはトップダウンの会社も多い。会社には指示命令をいう手段もある。対話には時間がかかる。対応が後手に回ると、競合会社との競争には勝てないでしょう。対話は時間の余裕があるときの手段であって、対話が難題解決の唯一の手段と断言するのはおかしい」と反論する人もおられます。
本記事ではこの反論にお答えしつつ、「ビジネスパーソンになぜ対話力が必要か?」について書いていきます。
【 目 次 】
対話は「問題解決」の手段ではない

ここでご留意いただきたいのは、私は、対話は「問題解決の唯一の手段」と言わず、「難題解決の唯一の手段」と言っていることです。
難題を私は「会社の方向を決定づけるような、あるいは会社のブランドに大きな影響を与えるような解決が困難な問題」と定義づけています。ビジネスだけでなく、行政の場でも、教育の場でも問題は数多く発生します。反論された人のご指摘のとおり、すべての問題を対話で解決することには、時間的に無理があります。
しかし、会社の方向付けに大きな影響がある難題や、会社のブランドに損害を与えるリスクがある難題に対しては、時間をかけて対話をしないと、会社を危機的状況に追い込むリスクが増大します。
ある会社で発生したミス

ある会社で、こんなことがありました。お客様に参加していただくイベントを企画し、参加者を募集していました。ところが新型コロナウィルス感染拡大で、そのイベントが中止になりました。
担当者はイベント中止を、営業担当者や宣伝部を通して、お客様に連絡をしました。ところがイベント当日、予定していたイベント会場に何人かのお客様がやってきました。お客様はイベントが開催されるものと思って来ていました。
質の悪いミスとは?
人間が何かをやれば、ミスは起こります。ミスが起こること自体は問題ではなく、見逃していけないのはミスの質です。担当者の話を聴いて、質(たち)の悪いミスと思いました。
その理由の一つは、このミスに対して誰も責任を感じていないことです。担当者は、お客様に連絡しなかった営業担当者や宣伝部の責任と思っていました。営業担当者や宣伝部は、担当者の不手際と思っていました。
二つ目の理由は、このミスが会社のブランド力を損なう重要なミスと誰も思っていないことです。イベント会場に行ったが、誰もそこにはいなかった経験をした顧客が、その会社の商品やサービスを購入しようと思わなくなるでしょう。そのようなお客様が一人でもいたら、そこからSNSなどを通して、あっという間に悪い評判が広がります。
三つ目の理由は部署間のコミュニケーションがゼロに近く、同種のミスが再発するリスクが高いことです。わたしはすぐに担当者に、関連部署の人たちを集めて対話をするようにアドバイスをしました。
このようなミスに対して、経営トップが関係者を集めて、厳しく注意しても、しばらくの間は、その手のミスは起こらないでしょうが、「喉元過ぎれば熱さを忘れる」の類で、時間が経てば再発するでしょう。なぜならば、厳しく注意されても、従業員が納得する可能性は高くないからです。
ミスの再発を防ぐためにすべきこと

「納得」するための第一歩は、お互いが率直な意見を相手に伝えること。Everyone is reasonableです。
だれもミスをしたくてやっているわけではありません。自分に責任がないと思ったことにも、そのミスが会社に大きなリスクをもたらすと思わなかったことも、部署間のコミュニエーションが不十分であると思ったことにも、各人がそれなりの筋の通った理由があると信じている可能性があります。
自分なりに筋が通っていると思う理由を伝えることで、納得するための道が開けます。言いたいことを我慢をして黙っていては、不平不満が心を占領してしまい、納得への道は閉ざされます。
自分の意見を言い、相手の意見を聴くプロセスで、ある状況のもとでは妥当なものであっても、別の状況のもと、あるいは別の視点から考えれば、妥当なものでないことを理解できるようになります。
ビジネスパーソンには対話が必要
対話とは、「お互いの考えの違いを理解し、その違いをもとに、率直な意見交換を通して、なんらかの創造的な成果を生むコミュニケーションの一つ」と私は定義しています。
人間ほど個性的で、多様性をもつ生き物が地球上にはいないのではないでしょうか? ビジネスの現場で、私はこれまで、「あなたの意見と私の意見はまったく一致しています。ぜひお互い協力しあっていきましょう」と双方が合意し、いざ仕事が始まれば、双方の違いが明かになって、仕事がうまくいかなかった事例を嫌というくらい見てきました。
人間が二人集まれば、それぞれ違う考えをもっていると考えた上で、ビジネスをしたほうがうまくいくと思います。それゆえにビジネスパーソンには対話力が必要だと、私は信じています。
対話は「違い」を理解することから

対話は「お互いの違い」を理解することから始まりますので、対話相手の考えを聴くことが重要になります。すなわち、カウンセリングやコーチングのスキルの一つである傾聴スキルを身に着ける必要があります。
長年、対話を商売にしてきました。その経験から、対話をするときは、自分が話すよりは、相手の話を先に聴いたほうがうまくいくことに気づきました。
相手の話に耳を傾け、相手に、「あなたのご意見は、~ですね」と確認をいれますと、相手は「自分の意見をしっかり聴いてくれた」と思い、悪い気はしないものです。その心地よい心理状態をつくっておいて、こちらの意見と相手との違いを伝えますと、素直に聴いていただけることが多いです。
こちらが先に意見を言いますと、「この人はこんなことを考えている人だ。どうも気が合わないな」と思って、心を閉じるリスクがあります。相手の意見を先ず聴くほうがうまくいきます。
しかし、双方が、同じ考えで、相手の話すのを待つと、一向に対話がすすみません。そういう時は、こちらが少しだけ意見を言って、相手の意見を誘い出すテクニックも必要になります。
心は白紙にならない
私がカウンセリングやコーチングの講習を受けた時、傾聴に関して、「心を白紙にして、相手の意見を聴きなさい」と教えられました。
しかし、いくら努力をしても、心を白紙の状態にできません。聴きながら、「この人はこんなことを言っている。本当だろうか」などと、雑念がどんどん生まれてきます。10年以上悪戦苦闘した結果、心を白紙にすることを諦めました。
偏見や雑念を持っていることを意識した上で、相手が言いたいことを自分なりに理解し、「あなたの言いたいのは~ですね」と確認をとったり、「あなたの話を聴き、私は~と思ったのですが、そのような聴き方でいいのでしょうか」と相手に伝えるようにしています。そのほうが対話はスムースに進むことを経験で知りました。
カント哲学研究者との対話

先日、新進気鋭のカント哲学の研究者と対話をする機会がありました。テーマは自己意識と自己認識についてカントがどう考えたのかということでした。
カントは「経験を通して、自分はどんな人間かを認識する」と考えたことを知りました。そのお話を聴き、自己認識のみならず、他者を認識するときも、また他者の話を理解するためにも、自分が経験したことが土台になっているのではないかと、私は考えました。
まさしく、私の経験をもとにして言えば、相手の話を白紙の状態で聴くのではなく、自分の経験を通して聴くと考えたほうが自然ではないかと思い、長年の疑問が自分なりに氷解しました。
人間は、一人ひとり経験することは違います。それゆえ、同じ考えを持つ人はいないと考えたほうがよいと思います。
対話の3段階
対話のファーストステップは、
相手の話を自分の経験に照らし合わせながら聴く
相手の話を完全に理解することはできない。「私の狭い経験の範囲で、理解したと思っているに過ぎない」、としっかり意識する
自分が理解したことを相手に伝え、相手の考えとの違いを明確にする作業を行う
の3段階があると私は考えています。相手とまったく同じ意見であれば、そこには創造する機能は働かないでしょう。
対話は音楽に似ています。交響曲や、協奏曲が美しく聞こえるのは、それぞれの楽器が違う音色を出し、演奏者が違うメロディーを奏でているからです。対話も、対話者同士の考えが違うから、対話が創造の場になるのだと思います。
この記事を書いた人 松下信武(まつした のぶたけ) 「わたし・みらい・創造センター(企業教育総合研究所)」 上席研究員。エグゼクティブ・コーチ。バンクーバー、ソチオリンピックに日本電産サンキョー・スケート部のメンタルコーチとして参加。北京オリンピックでは候補選手の支援を行う。 |