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違いと理解


ビジネスとスポーツ「外野手の役割とビジネス」

「わたし・みらい・創造センター(企業教育総合研究所)」

上席研究員の松下です。


対話においてだけではなく、人と人とのコミュニケーションにおいて「違い」が分からなければ相手の言っていることが「理解」できないのではないかと、私の孫と対話していて思うようになりました。私の孫と私は性格がそっくりで、私は孫の考えをよく理解できると最近までは思っていました。

しかし、ある出来事をめぐって対話していたとき、孫の言っていることがまったくわからない事態に直面して当惑しました。今振り返っても、孫の語る内容を理解できないのです。なぜわからないのかを考えたとき、孫と私の考えの違いが見つからないことに気づきました。表面がつるつるの球形の物体を触りながら凹凸を探しているような感触でした。

一般的に考えや価値観が違いすぎると相互理解が難しいと考えられています。その好例として異文化コミュニケーションが取り上げられています。確かに外国人の考えを理解することは難しいですが、お互いの違いを明確にし受け入れると、コミュニケーションは語学力の問題を置いておけば、意外なほどスムースになります。



 

【 目 次 】

 

相手の語っていることを理解する第一歩は「違いを明確に」


相手の語っていることを理解する第一歩は、お互いの違いを明確にすることです。これは、劇作家の平田オリザさんに教えていただきました。以前、平田さんに講演をお願いするため、お目にかかったことがあります。そのとき、平田さんご自身が韓国に留学したときの体験をもとに、コミュニケーションとは何かを説明されました。平田さんは、韓国で韓国人と日本人の考えの違いの大きさにショックを受けられたそうです。韓国人と日本人は、見た目がよく似ているせいか、無意識に韓国人の考えと日本人の考えはよく似ていると錯覚します。

これがアメリカやヨーロッパなら、見た目がまったく違うので、違いがあることが視覚的にも明らかです。平田さんは必死になって韓国の人たちを理解しようとして、コミュニケーションとはお互いの違いを理解することだという考えに到達したと話されました。平田さんが韓国で経験したショックは、私が孫との対話で受けた当惑(ショックと言い直したほうが正確だと思います)と同じ構造をしていると思います。

私と孫は、お互いよく似ていると信じていました。長い間、お互いの違いに気づかずに過ごしていました。ところが、ある問題をめぐって真剣に対話をして、はじめてお互いがほんとうに理解していないことが明らかになりました。私はそのことにショックをうけ、メンタル的にマヒ状態になったのだと思います。表面がつるつるの球形の感触というのは、思考が麻痺した感覚だったのでしょう。


家庭内のコミュニケーションにおける錯覚


 ビジネスの現場で抜群のコミュニケーション能力を発揮する人が、パートナーや子どもとのコミュニケーションができないという事例に、コーチングでしばしば出会います。この現象も、お互いの違いを探求せず、家族なのだから、お互いのことは十分にわかるという錯覚から生まれていると考えられます。

今日の日本では、結婚は相思相愛の2人が結びつくのが理想とされています。国立社会保障・人口問題研究所の調査結果では、1935年では見合い結婚が69%、恋愛結婚が13.4%の割合です。2015年では、見合い結婚が5.5%、恋愛結婚が87.7%となっています。見合い結婚と恋愛結婚の割合が逆転するのが1965年頃です。離婚件数は1965年頃までは年間約8万件。

その頃から離婚率が増加しだし、2008年には約25万件までになっています。恋愛結婚が増えたころから離婚率が増えた理由はなんでしょう。私の仮説はこうです。

恋は盲目で恋愛相手の欠点が目に入らず、相手は自分と同じ嗜好や価値観を持つと勘違いしがちです。しかし結婚生活を開始すると、お互いの違いが明らかになり、メンタル的にマヒ状態が起きます。そのとき、お互いの違いを受け入れる努力をすればカップルの破綻を回避できますが、自分の嗜好や価値観を相手に押し付けようとしたら、離婚につながるリスクは高まります。

それに対して見合い結婚は、お互いの生育環境や経済状態が事前に分かり、出会いからお互いが違っていることを意識できます。このことから、結婚後のメンタル的なマヒ状態が起きず、相互理解がスムースにすすむ可能性が高いです。

離婚率の増加の原因を恋愛結婚が増えたからと短絡的に考えてはいけないと思いますが、仮説の一つに加えてもよいと私は考えています。





ビジネスの場における対話


 対話は、対話者同士の違いを明確にして「ああ、あなたはそこまで私と違っているのだ」と実感し、お互いの違いをもとに弁証法的に、新たなモデル・概念・手法を創造する営みです。

とくにビジネスの対話においては、共通点を探求するよりも違いの探求を重視します。これにはビジネス特有の理由があります。ビジネスで避けたいのはトラブルです。トラブルはお互いの違いを明確にできなかったことから起きます。共通の利害があったり価値観が共通しているなど、共通点からはめったにトラブルは起きません。

以前、私は『「感じが悪い人」は、なぜ感じが悪いのか?』という本を書きました。その本のなかで登場する自称「営業の神様」は商品を販売しますが、必ずと言ってもよいくらい販売後に「売るときに約束したことと、実際の機能やサービスが違う」と顧客からクレームが起きました。

顧客の耳に心地よいことだけを伝えるセールストークで、双方の違いにまったくといってよいくらい触れなかったのです。ビジネスの取引では、双方の思惑に違いがない状態は考えられないでしょう。

したがって違いを明確にし、そのことを顧客が納得したうえで、商品やサービスを購入していただく必要があります。それゆえに「違い」を探求したほうがよいのです。 


前述した私の著書では、コミュニケーションには仲よくなるためのコミュニケーションと、対立した状況で対話と説得するコミュニケーションがあると書いています。ビジネスの現場では、双方の利害が一致しないことが多くあります。まず対立を恐れないで、対話と説得のコミュニケーションが求められます。対立とはお互いの考えや立場が違っている状態ですから、ビジネスではお互いの違いを明確にする対話は、必須のコミュニケーション手法です。





対話においては、具体的な説明で違いを明確にする


 それでは、対話において、違いを明確にするためにどうすればよいでしょうか?それは、できる限り具体的に説明することです。たとえば、あなたとあなたのパートナーがともに犬を飼いたいと思っているとしましょう。

あなたはパートナーとの違いを明確にしようとして、「私は生き物を飼いたいけれど、あなたは何か飼いたい?」と聞いても、相手は「私も生き物を飼いたい」と答えるだけでしょう。

次に「私は哺乳類を飼いたいけれど、あなたは何を飼いたい?」と聞いても、「私も哺乳類がよい」と答え、違いは明らかになりません。

ところが「私は柴犬を飼いたいけれど、あなたは何を飼いたい?」と聞き、パートナーが「私はチワワだ」と答えれば、そこで違いが明らかになります。「生き物」は抽象度が高く、多種類の生き物を含みます。多くのものをひとまとめで表現するためには抽象度の高い言葉は便利ですが、違いを明確にするには不向きです。

違いを明らかにするためには、抽象度を下げ、具体的に説明したほうがよいのです。


最近、パーパス経営というコンセプトがよく使われるようになりました。パーパス経営は、企業の存在意義・目的を経営理念として明示し、それにそって経営を行うことです。

しかし、経営理念が立派でも、具体的な行動や考え方を明確にしておかないと、それぞれの従業員が持っている考えとの違いが不明確で、従業員は何をしてよいのかわからなくなります。「常にお客様のニーズにあったクオリティの高い商品、サービス、情報を提供する」という立派な経営理念を掲げた企業の従業員が、顧客から預かった品物を故意に傷つける事件が昨年摘発されました。

これは従業員の不満や感情的な行動である可能性もありますが、企業側の理念が具体的な行動や考え方を明確にできておらず、その従業員に浸透していなかったことも、ひとつの要因であると考えます。


望ましい仕事のやり方を、具体的にすべての従業員に浸透させる日々の努力をすることがパーパス経営の基本だと思います。抽象度が高いと様々な事柄が含まれてしまい、違いが不明確になり、理解できなくなります。それゆえ、対話においては、できる限り、具体的に話すことが望ましいです。




 

▼この記事を書いた人

​松下信武(まつした のぶたけ)

「わたし・みらい・創造センター(企業教育総合研究所)」上席研究員。


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